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【塾長エッセー】笑いの効用

会社を退職した後、何か地域でボランティアみたいなことをしたいと思っていると市報に「江戸小噺養成講座」という記事が目に留まった。
昔から落語は好きで、時々寄席に行っていたが、自分が小噺をして老人ホームや介護施設を廻るとは思ってもいなかった。
4回の養成講座が終わると、即、本番のボランティアである。
既に4年間が過ぎている。
因みに私の高座名は「天福亭笑英」である。
 
笑いとは何であろうか。
精神科医斎藤茂太氏によれば「一笑一若」「一怒一老」らしい。
一つ笑えば一つ若くなるという訳だ。
うつ病認知症になる人はユーモアやジョークを解さない、まじめな一辺倒の人が多いそうだ。
心の健康のためにも笑おう。
笑った数だけ元気になる。
人は楽しいから笑うのじゃない、笑うから楽しくなる。
笑う門には福来たる! 

プライドの高すぎる人は笑えない。
バカにされるようなことをいわれると、すぐヒステリックになる。
地域のボランティア活動で目につくのは男性の数が極端に少ない。
我々の仲間でも男性は一割くらいである。
前職の地位が邪魔して出来ないのだろうか。
プライドを脱ぎ捨てよう! 

行き詰っている人や困難な状況にある人たちに対して発想の転換を促すような力が笑いにはある。
笑いには開放する力、人間性を回復する力があるそうだ。
笑いは逆境においても希望と勇気を生む。
ある介護施設に行って小噺をした後、スタッフから云われた言葉が耳に残っている。
「あの人、最近、無口で塞ぎ込んでいたのに、今日は随分、笑って、はしゃいでいたね!」。
嬉しい経験である。

「男の顔は、男の履歴書」(大宅壮一)、「女の顔は請求書」と云ったのは吉行淳之介
前述の斎藤氏は「笑顔はその人の履歴書」という。
私は「笑顔はその人の精神的成長」と云いたい。
笑顔にはその人の心の内面、人柄が現われてくる。
笑いは人生の特効薬で万能薬だ。
「時薬」「日薬」という言葉あるように、「笑い薬」という言葉があってもいい。
笑って過ごしているうちに、体調も良くなる状態のことをいう。
筑波大学名誉教授の村上和雄氏も「眠っている良い遺伝子を「笑い」によってON状態にすることで糖尿病や末期がん患者の余命も伸びた」という報告もある。
まさに、「笑い」は笑いごとではなくなっている。

笑いの源泉は「教養」だといわれている。
教養が高い人は、より多くの笑いの種を発見することができる。
江戸時代では、落語を嗜む人は教養人だといわれた。
義太夫節では「笑い三年、泣き三月」と云われ、笑いを取るのは難しいといわれている。
実は、洗練された嘘や冗談を並べて語るのは真理を語るよりずっと難しいのだ。
だから、笑いは成功した時には多世代交流や地域の活性化のコミュニケーション手段になる。
 
我々の「江戸小噺笑い広げ鯛(代表は高野まゆみさん)」は普通の落語のように落語家が提供する噺をただ聴いて笑うというスタイルは取らない。
聴衆も参加し、しかも演じてもらう、双方向の笑いを提供する。
いわば、衆が作る笑い、素人が作る笑いの場である。
もちろん、素人だけにハプニング、失敗の連続であるが、新しい笑いの姿がそこにはあると思う。
俳句は「座の文学」と呼ばれ、共同体の文芸である俳諧の発句から始まっている。
そこには参加者が作る座の感興があっただろう。
同じように、我々の車座になってやる「座の小噺」は談笑し、睦み合いながら衆が創り上げる「笑いの場」と云ってもよいだろう。
時には独自の小噺かるたや手拍子をつけながら唄う小噺小唄もある。
エアー三味線による都都逸の披瀝もある。
何でもありの世界であるが、その中から新しい創作小噺が時々生まれてくる。
まさに、「笑いの革命鯛」と云ってもよいだろう。
毎年、新しい鯛員、新しい訪問先も増えている。
これが鯛(隊)の新陳代謝を促進する秘訣かもしれない。
 
最近、ブータン王国や世界一貧しいムヒカ大統領の影響で、「幸福度」という言葉が流布しているが、国民総生産(GNP)と国民の笑いの量「国民笑生産(GNL:Gross National Laugh)」で国民の幸福度を測る指標も必要な気がする。
「叡智聡明なるとも之を守るに愚を以てす」という言葉がある。
愚を提供する「笑い」は聡明な「知」より上かもしれない。心掛けたいものである。

寄席囃子と「よ~お、まってました!」の掛け声が聞こえてきたので早速出かけることにしよう。
お粗末でした!お後が宜しいようで・・・・・。