吉田沙保里の銀メダルは何を意味するのか -バランスとは-

リオ・オリンピックは日本中を熱狂の海に巻き込み、感動の涙を流した人も多いと思う。

私もその一人であるが、その中で特に印象に残っているのがレスリングの吉田沙保里の四連覇達成ならず、「銀メダル」に終わったシーンである。皆さんはこの結果をどのように感じたであろうか。
彼女自身、「なぜ私だけが金メダルを取れないのだ」「私の何が悪かったのか」「伊調馨は四連覇したではないか」「人一倍努力したではないか」という恨み節が聞こえてくるようだ。世間も同じ考えを持っていると思う。 

私は少し違う考えをしている。
確かに彼女自身にとっても、日本人にとっても金を取れなかったことや四連覇を達成できなかったことは極めて残念である。
しかし、何時かは必ず破れる時が来る。この真理はどんな達人、名人でも同じである。偶々、今回のオリンピックがその時であったということであろう。
しかし、これ以上に重要な真理(?)が隠されている気がする。金メダルを取ることを100%当然視されていた人が銀メダルに終わることは本人にとっても悲劇(?)である。
人生に於ける「失敗」「挫折」と思うだろう。しかし、このことは更なる大きな「成功」への一歩かもしれない。

何故か?

米国の教育者、ジョン・F・ディマティーニは:
「物事はすべて二つの相対するもので補完的に成りたっている。その二つは完全にバランスが取れており、本来は中和されたニュートラルなもの」「人生のどんな局面においても、持ち上げられることなしに落とされることはなく、落とされることなしに持ち上げられることもない。ポジティブとネガティブ、良いと悪い、支援と試練、平和と争い。すべては二つ一組でやっている。そしてそれら二つは同時に存在し、完璧なバランスを保っている。宇宙を構成しているのは、そのバランスなんだ」と、述べている。

今回、金メダルを取れなかった(=試練)ことは同時に良いことが既に始まっていること意味する。
このバランスの意味を深く理解すれば、たぶん「金メダル」以上の成果を今後、彼女にもたらすだろう。
それは偉大なる指導者への道かもしれない。
何かが欠けなければ新しいものは生まれない。
吉田沙保里の例はそのことを意味していると思う。
起こった事の表層的な現象で一喜一憂するのではなく、そのことの深い意味を考えて人生を送ることが必要である。
彼女のこれからに期待したい。

また、バランス(=中庸)が崩れるときに問題が起こるのも真理である。
悪いことだけではない。
南部陽一郎素粒子自発的対称性の破れ、小林・益川の物質・反物質の不整合にしても宇宙のアンバランスを予言したものである。
このアンバランスからビッグバンを始めとして何か新しいもの、創造性が生まれてくることは枚挙に暇がない。

吉田沙保里の「四連覇ならず」から論を進めてきたが、要は起こった現象の背後にある宇宙の真理、人生の意味を深く洞察することにより、豊饒で味わい深い人生が遅れるのではないだろうか。