知謝塾 第三期シリーズ「My Challenge, My Innovation」を振り返る

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今年の後半、知謝塾では、これまでの著名な有識者の先生方をお招きしての講演会というスタイルを変えて、今まさに挑戦的なテーマをみずから掲げて、新しいプロジェクトを立ち上げ、それに取り組んでいる市井のチャレンジャーたちの話を聞く、という試みをスタートさせた。
世で騒がれるイノベーション。それらは結局のところ、個人の密かな、あるいは孤独な挑戦の中からしか生まれ得ない。
ある人は自己実現をめざし、ある人は社会課題の解決をめざして、普通の感覚だったらやらないような挑戦を始めている。
世間はそれらの極々一部の成功例だけを見て、イノベーションだと称賛するわけだが、「在野の知」を探求する知謝塾としては、形となった結果の成否よりも、人を挑戦への駆り立てる一つひとつの個人的なストーリーに注目したい。

そんな思いから、まずは第一の知謝塾サポーターである東京映画社の百々社長に、同社の創業50周年記念プロジェクトとして故郷・高知の安田町で始めた新プロジェクトについて語っていただいた。
簡単に言えば、大容量通信ネットワークが実現した映像クリエイティブ業務のサテライトオフィスということになるのだろうが、百々社長の狙いはそんな時流に便乗した発想とは隔絶している。

いわく、高知県の観光スポットは四万十川をはじめ県西部に集中しており、安田町を含む県東部はライオン宰相と言われた濱口雄幸をはじめ、日本の近代化に貢献した多くの大物を輩出したにもかかわらず、今日では顧みられることが極端に少ないという。
ところが観光や工業化による地域開発が遅れた結果、21世紀に入ってからも、その地域一帯には海、山、川、谷などの自然が原風景のまま残っており、これが映像制作の世界で40年以上を生きてきた百々社長のクリエイター魂に火を着けた。
4Kなどの超高精細画質での撮影が可能となっている今、もしかしたら、これら自然の息吹をそのまま映像として残すことができる最後のチャンスかもしれない。
そう思うと、事業的な損得を抜きにして、これらの自然を映像に収めずにはおれない。
そんな熱い思いが百々社長を、ほぼ打算や計画なしの段階から、このプロジェクトに足を踏み出した最大の動機だったらしい。

しかも、それらの映像は、ただ撮影するだけでなく、同社が手掛けている顧客企業の各種映像にプライスレスな付加価値を与えるはずだ。さらにそれが海外での展示会などで利用されれば、暗黙のうちに「日本列島の自然の美」という魅力を知らしめることにもなろう。
計算づくではないにせよ、20年以上もの間、同社の社長として切り盛りしてきた経営者の嗅覚がこのプロジェクトに隠された潜在的な事業性に敏感に嗅ぎ取ったというわけだ。

なるほど言われてみれば、息を呑むような美しい映像の数々である。
しかし、それ以上に魅了されるのがそこで育つ無邪気な子供たちの輝く瞳だという。それはまるで戦後のベビーブームに生まれ、貧しいながらも未来へ無限の希望を感じて健やかに生きる子供たちのようだ。それは、どんなに饒舌な言葉よりも、またどんなに緻密に作られたシナリオよりも、現代の我々の生き様に対する鋭い批判となるはずだ、と。

百々社長はじめ、同社の高知の地でのチャレンジはまだ始まったばかりだが、既に地方創生の気運を先駆け、様々な形で注目を集めている。そんな中から思いもかけない展開が生まれることもあるだろう。

今回の講演会はそんな準備段階でお願いしたものであり、百々社長には不本意な点もあったかもしれない。その点は申し訳ない限りなのだが、「挑戦」をテーマとした第3期シリーズのトップバッターとしてはうってつけの内容だった。
その日、会場に集まった多くは、いつものとおり研究者・技術者の方々であった。
しかし、映像という世界はテクノロジーを探求する人たちにとっても別世界ではなく、一人の例外もなく映像表現の可能性に格別な関心と期待を寄せていた。
ここが興味深いところだ。
コミュニケーションとテクノロジーの境界線を越えるトリガーが、この映像という媒体には隠れているような気がする。

映像、自然、地方、そして創造力と想像力。
これは地方創生という一過性のタームで終わらないはずである。
百々社長の挑戦に引き続き注目していきたい。