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技術者による新たな人間学の試み~ヒューマンビッグデータという挑戦~

2014-07-19-03-19


ご存知の方も多いと思いますが、この夏、知謝塾ファミリーの矢野和男さんが待望の一般向け単行本をリリースされました。
ビッグデータ・ブームのまっただ中、あれよあれよと言う間にビジネス書のベストセラーにランクインしたのは、独創的なコンテンツの素晴らしさとともに編集者の狙いがジャストミートした結果なのでしょう。
何はともあれ、前人未到の茨の道を歩み続けた悪戦苦闘の約10年間、影ながら応援してきた一人として、この度の快挙を心からお歓び申し上げます。

やはり、矢野さんのお人柄なのであろう、全編、平易にして簡潔、そしてチャーミングな文体で書かれているのだが、そうは言っても文系読者としては少なからず専門的な記述があり、どこまで正確な読解ができているかは心もとない。
しかし、これだけの力作である。一人でも多くの人に読んでもらいたい。
以下、多少のネタバレもあるが、しばらく身近に置いて読み、自分なりに考えてきた感想を書いてみた次第です。
ご興味ある方はぜひお手に取ってみてください。

矢野和男氏著
『データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』を読む。

工学は元をただせば、人間以外の事柄を対象とする実践知であったはずである。
ところが今では人間工学をはじめ、感性工学やデザイン工学、サービス工学など、自己矛盾を孕むサブカテゴリーへの取り組みが盛んになっている。
これは今、自然科学系の知性による人間や社会のとらえ直しが注目され、待望されていることの現れの一つであろう。
もちろん、それは20世紀、特にその後半、既成宗教を含む人文科学や社会科学が一般社会に対する影響力を著しく失ったことと無関係ではない。

従来、人間や社会の事象は複雑すぎるので、特定の数理モデルを用いて定量的に理解する自然科学的アプローチは難しいとされてきた。しかし、センシング技術、ネットワーク技術、そしてコンピューター技術などの急速な発展により、人間や社会に関する詳細なデータの取得が可能になり、それらの計測データを、人間や社会の実態をより正確かつ深く理解し、活用しようという動きが活発化している。
近年、ビッグデータというワードで喧伝されているのが、そういう期待感だ。

そんな中、我が国のデータ科学、データ工学の第一人者である筆者が、本格的な一般書としては恐らく初めて上梓したのが本著である。
ヒューマンビッグデータウェアラブルセンサー、フィジカルデータ、サービスサイエンス、モチベーション、ハピネス、人工知能など、今、最も旬なビジネストピックスを満載しているせいか、発行と同時に一躍、ベストセラーになってしまった。誠にタイムリーな一冊だ。

内容は筆者の10年近い研究活動の中で獲得されたエッセンスである。
違いの分かるすべてのビジネス人の知的好奇心を刺激し、啓発するものばかりと言える。
また、分かりやすい構成で一つひとつの章が筆者自身の研究テーマである。
いずれも根気づよい実践と思索の跡が窺われ、読み応えがある。
こういう書では安易な読み飛ばしは禁物である。

一つ目のテーマは「時間は自由に使えるか」という問い。答えは「ノー」だ。人間は自分の主人ではない。思っているほどに自分自身を自在にコントロールすることはできない。
膨大な身体データの分析から明らかになるのは、人間行動には一定のパターン、法則性があるということだ。しかも筆者が「U分布」と呼ぶ、そのパターンには個人差がほとんどないと言う。
この結論自体はよくよく考えてみると、我々一般人が日常的に実感している感覚と近いような気がするが、オフィシャルな近代社会が前提とする「自由意志を持つ個人」という人間観に対しては鋭いアンチテーゼとなる。

次の二つ目のテーマは、ハピネス、人間の幸福、特に精神的な豊かさや内面的生き甲斐、充実感などだ。
これをテクノロジーで制御することが可能か、という問題をポジティブ心理学の文脈をベースに考察する。
元ロボット開発の研究者だった前野教授の「幸福学」に近い発想、思考だが、ここには企業研究者らしい奥ゆかしさがある。
主観で左右されるハピネスは、とかく人それぞれだと思いがちだが、ハピネス度を表す特徴は幾つかの基準で身体データ上に歴然と現れる。さらに身体と深い相関関係を示すだけでなく、場や集団、人間関係の状態によって大きく左右されることも定量的に計測可能だ。このことから活気ある職場や創造的なチームの形成などを通して生産性、収益性向上などの経済効果を図ることも考えられる、という話である。

三つ目は最初のテーマにも近いのだが、「人間行動の方程式」である。
膨大な身体データから浮かび上がるのは、「行為に集中することが、人間の自然な状態だ」という仮説だ。そこにチクセントミハイ教授の「フロー(最適経験)理論」と重ね合わせ、1/T則の方程式を導き出す。これを基準とすることで、潜在的な創造性を最大化するための定量的な施策評価が可能となる。有用性への涙ぐましいまでの配慮、葛藤が感じられるが、本当は経営上きわめて重要な指摘でもある。

四つ目のテーマは「運」である。
従来の自然科学では、これを偶然として対象外にしてきたが、身体データの分析により、その因果関係を合理的に説明することができる。偶然もデータを通すことで必然として理解可能となる。ゆえに制御も可能である。
これは、「運」という言葉をどう捉えるかで結論が異なるが、偶然か必然かは視点の取り方でまったく変わってくる。データを駆使することで一定レベルまでは「運」の合理的理解が可能になることは間違いないだろう。

五つ目は、今流行のビッグデータをいかにビジネスに活用し、経済的なバリューを作り出すかという注目のトピックだ。
結論を言えば、独自開発した人工知能ソフトウェアを用いることで、ビッグデータから最適な仮説構築と検証の自動化が可能になり、経済効果の最大化を目指す上でマーケティングの重要な指標として活用できる、という話だ。
ここでの具体的なケーススタディは商業店舗のレイアウトに関する最適化というものだが、それ以上の経営レイヤにも活用できるのか否かは人工知能ソフトウェアの質に掛かってくると思われる。

そして最後の「直島宣言」は、ビッグデータだけでなく、科学技術の新領域が連携して実現すべき新たなミッションについての宣言であり、以上の議論を踏まえた総論として全く異論のないところである。

今後、こうしたヒューマンビッグデータが、脳神経科学分子生物学などと同様、人間や社会に関する新たな知見と理解をもたらす可能性は高い。実際、本著で紹介されているその先駆的な取り組みからも、目から鱗な気づきや発見を数多く得ることができる。
しかし、それらの知見と理解を、課題山積の現実社会に活用し、個人のクオリティ・オブ・ライフと、社会の持続的成長や安寧に寄与していくか否かは、恐らく別問題となるであろう。
それはデータそのものからは得られるものではなく、データが生んだ知見と理解を、いかなる知的体系や世界観、思想とタイアップさせていくかという点がいっそう重要になってくるはずだ。
本著でもポジティブ心理学をはじめ、古今東西にわたる他の知的体系との連携による解釈や活用方法が幾つか提案されているが、まだまだ物足りないというのが文系読者としての率直な感想である。

ホモエコノミクスとしての活動や思考は、人間全体からしてみれば、あくまでも部分にすぎない。また、その成果や実態は、実は経済活動以外の面に起因し制約されているケースが多い。
そういう意味で、本著での考察は、例えば、集合的無意識に関するユングの理論、唯識哲学に代表される東洋思想の世界認識、オートポイエーシス理論やネオ・サイバネティクスと称される階層的な閉鎖系システム論などとも親和性が高いように思う。
今後は、それらを適宜モデル化した上で、ヒューマンビッグデータから得られた新たな知見と理解をさらに強靭な実践知へと昇華、発展させていくことをぜひ期待したい。