元祖科学インタープリターの村上陽一郎先生の講演を聞く

知謝塾の公開講座シリーズは、先週土曜日の村上陽一郎先生の講演をもって全6回、無事に終えることができました。運営担当の池袋コミュニティ・カレッジ関係各位、以前からの知謝塾サポーターの皆様、そして貴重な休日にもかかわらず会場に足を運んでくださったお一人お一人に改めて感謝申し上げます。

お手軽なファストナレッジが氾濫する今日。そんな時代に真っ向から異議申し立てするような今回の硬派なシリーズは、われわれにとってもリスキーな実験であった。その掉尾を飾っていただいたのは、村上陽一郎先生。元祖科学インタープリターとも言うべき著名な先生だが、知謝塾のテーマにジャストミートな講演内容に改めて脱帽、敬服であった。決してすべて計算づくめだったというわけではないが、結果として今回のシリーズを集約するお話を披露していただいた。

現代社会と教養」と題された講演の大半は、「知」の歴史に関する解説であった。つまり、学問という概念の成立と変遷、そして大学という制度の成立と変遷、それらを通して「知」というものがいかに変化してきたか。その結果、今日のわれわれが直面している課題とはどんなものか。まさに豊かなトピカ(topics=共通の話題)に満ちたお話であった。古い愛読者としては、「村上史観」とでも言うべき展開であるが、その知的パースペクティブの広さ、そして膨大な知識に裏打ちされた豊かな物語性と。古き良き昭和アカデミアが可能にしたリベラル・アーツの底力を改めて痛感するばかりであった。

そして要するに、その結論は何なのか。

村上先生は「現代の知識人」の条件の一つとして、「どういう相手にも、相手の考えを伝えられる、どういうときも、相手の考えを理解できる」ということを挙げている(先生は、知識人という言葉に意識的にプラスの意味合いを込めておられたが、これは実にアイロニカルな態度だ)。
平たい言葉で言えば、「相手の立場になって考える」という生活態度であろう。
これは、裏返せば、専門家や学者・研究者という種族は概してそういうことが苦手だという意味でもあろうし、例えば、漱石や鷗外といった文豪が、その問題(彼等の場合は妻や家族とのコミュニケーション不全)に苦悩し、小説のテーマとして何度も取り上げたように、古くて新しい普遍的な問題でもあるのだ。

自分とは価値観も興味も異なる他者に対して寛容であり、柔軟でもあるためには、逆説的になるが、自分自身の中に何事にも揺るぐことなき規矩(きく)というものがなくてはならない。規矩とは「欲望の統御機構をみずからの中に打ち立てる」ことであり、ここに人間としての尊厳がある。

そのうえで、再び教養とは何かを問うならば、まさにこの規矩を確立することを真の目的としたものという答えになるだろう。ただし、規矩そのものは教養を深めることで知的に導き出されるものではないのだろう。いわば知を超えたもの、知の彼岸にあるものに違いない。教養それ自体と規矩それ自体との間には何か非連続的な断絶と、それを超える飛躍がありそうだ。それでいて、一定の教養は不可欠な条件として求められる。

知とはかように常に知そのものを最終的に裏切る逆説的な何ものか、と言えば、あまりに抽象論に過ぎるであろうか。

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