堤清二さんを偲ぶ。伊東先生と

年末、12月28日に開催した伊東俊太郎先生の講演について、もう一つ、どうしても書いておかなければ気が済まないことがある。

それは、そのほぼひと月前の11月25日に亡くなられた堤清二さんのことである。

伊東先生を囲んでの懇親会で挨拶された野上社長の口から、堤さんのお名前が出た。
30年以上前、池袋コミュニティカレッジを創立したのは、セゾングループ総帥として君臨していた堤さんご自身であった。言うまでもなく、1980年代、一世を風靡したあのセゾンカルチャー戦略の一環である。われわれより上の世代にとっては今でも青春の思い出と共に鮮明に記憶に刻まれているセゾンの一連の文化事業。今から思い返せば、戦後日本最後の文化的エポックと言えようか。
多くの有名無名のアーティスト、クリエイターを率いて、それらを生み出したのは他ならぬ堤さんであった。

野上社長からは、堤さんのその創立の精神を継承するという、決意とも言うべき熱い言葉をお聞かせいただいた。前回、講師を務めていただいた西垣通先生も、堤さんとは交流が深く、情報学者として世に出た当初、陰に陽にバックアップしてもらったそうである。

続いて伊東先生からご挨拶を頂いたのだが、野上社長の言葉を受けて、自然と堤さんとのエピソードをお話しされた
私も伊東先生にはいろいろな人についての人物評を伺ったが、堤さんのことは聞いていなかったので、これは意外だった。

「決して親しかったわけではないが」と前置きをした上で紹介されたのは、堤さんが西武デパートの社長になった頃、伊東先生自身はまだ名もない学者だったと言うので、恐らく半世紀以上は前のことであろうか。
お二人は、何らかの講演会かイベントの会場で偶然お会いして、立ったまましばらく話をしたそうだ。堤さんはすでに伊東先生の先駆的な研究をご存知でたいへん興味を示された。その時、伊東先生は、書類を手にしており、何らかの拍子でその書類を落としてしまったが、向かい合っていた堤さんがすぐさまそれを拾ってくれたという。その動作がいかにも普段どおりの自然体であったのに驚いたと伊東先生は回想された。この人は相手が誰であっても、こんな自然体で接するのかと。
当時の社長というのは今より権威があったから、若手の学者などは相手にしないものだが、堤さんは当時から違っていた。
だから「堤さんという人はたいへん立派な方だという印象を持った」そうだ。

いかにも堤さんらしいエピソードだ。

一読者として、ではあるが、自分にとっても、堤さん、あるいは作家・辻井喬さんはずっと前から特別な存在であった。決して読みやすい文体の人ではないので、詩や小説については、あまりロイヤリティーの高い読者とは言えないが、『虹の岬』や『沈める城』あたりは喜んで読んだ。
それにしても、腰を抜かしたのは、堤さんが東大の大学院に入り直して経営学のドクター論文として書いたという『消費社会批判』である。セゾンの総帥が「消費社会」を批判するというのは、自己否定、自己批判かと言われたものだが、そんなチャチな次元の思考ではない。産業社会、そしてポスト産業社会であるところの消費社会の在り方、そこでの人間と経済と社会と歴史の関係について、ポストモダン系思想家を縦横無尽に駆使しつつ、カオス、複雑系、ゆらぎ、レギュラシオンエントロピーといった概念を通した硬質な思索を展開しているのだ。
もう20年近く前の著書だが、今でも古びていない。むしろ21世紀のグローバル経済を先駆的に捉えたリアリズムの洞察は時代を追って際立ってくるほどだ。
徹底的にロジカルで、時に過激な断定調の文体は、辻井喬とは別人とは言わぬまでも、かなりのギャップだが、これを読んで改めて堤清二という人物の大きさを痛感したものである。

周知のとおり、華々しかったセゾングループのトップの座を降りた後、事業家としてのキャリアは必ずしも有終の美を飾られたとは言い難い。多くの毀誉褒貶も受けられたが、実業から離れた後の70歳代は、そんな浮世の喧騒などお構いなく、悠々自適という言葉とはかけ離れた精力的な文筆活動を展開された。
自分自身、一昨年、ようやく念願が叶い、仕事上でお会いし、身近でお話を伺うことができたのは、今生の思い出の一つとなっている。
知謝塾として見れば、武田塾長の都立西校の先輩に当たる。近いうちに是非、ご講演をお願いしようなどと思っていたところ、三島由紀夫の43回目の命日に還らぬ人となってしまった。幾つもの運命を感じさせる衝撃のニュースであった。

改めて思えば、この池袋コミュニティカレッジとのコラボレーション、公開講座は、堤さんという存在を中心にして、目には見えない縁で結ばれているような気がしてならない。

次回、ご登壇いただく藤原作弥さんもまた堤さんとは最晩年まで親密な交流をされてきた方である。
それもこれも、つくづく実に不思議な宿縁と言わざるを得ない。
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2年前に出た雑誌『談』の特集「辻井喬と戦後日本の文化創造 セゾン文化は何を残したか」。ファンには堪らない驚異の企画でした。
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(文責・飯塚)