伊東俊太郎という知のインスパイア

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池袋コミュニティ・カレッジでの知謝塾公開講座は12月28日、アカデミアの大御所、伊東俊太郎翁をお招きし、盛況の裡に終えることができた。まずは年の瀬押し迫った中、ご足労いただいた貴い方々お一人お一人に心より感謝申し上げます。

申すまでもなく“伊東俊太郎”とは「生ける伝説」と言うべき一つのブランドである。しかしながら、当の伊東先生ご自身は、どこまでも現役選手であり、過去の人生を振り返り、プライベートな経緯なども含めて、自伝的に語るのを好まないお方である。どんな飛び道具を使ってでも人の眼を引こうとする、“何でもあり”な今日のモードとは対極の、それが当たり前と思う平均的な現代日本人からは想像も及ばない、ストイックな、言いかえればプライドの高い美学、ダンディズムをお持ちなのである。

企画をした側としては、そんな時代へのアンチテーゼとしても、少なからず説教くさい人生論が本意だったのだが、事前の打ち合わせにおいて、伊東先生はそれを丁重に固辞された。そして、結果的には最新講演集である『変容の時代』から、そのハイライトである『創発自己組織系としての自然』のテーマを中心にご講演いただくこととなった。

デカルト式「機械論的世界観」が大問題だというのは1世紀前から、アカデミアの世界では共通認識であるのに、現実社会は、依然として「機械論的世界観」のまま運営されている。この矛盾あるいは乖離を何とかしなければならない。
要は理屈上で超克するだけでなく、現実的にそれに代わる世界観を確立、提出するのがアカデミアの責務だというのが伊東先生の思いであり、その代案が「創発自己組織系」ということである。話は学問の世界だけに留まらない、非常に志高き提言なのだ。
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講演集では「宇宙の創成」と「生命の誕生」という、二つの科学的成果から、その「創発自己組織系」を語り切っているのだが、今回の講演では、「宇宙の創成」について概略を語ったところでほぼタイムオーバーになってしまった。
1時間15分という時間的制約もあるのだが、それ以上に、本来の主題からスポンテイニアスに脱線していくところに伊東俊太郎伊東俊太郎たらしめる「イトウ節」の真骨頂がある。ゆえに伊東先生の講演は必ず大幅な時間延長を常とする。
まさに「悦ばしき知」すなわち「ゲイサイエンス」。そう言ったのはニーチェだが、知的スリルを味わうためには、講演そのものが自己完結的に最後まで到達したかどうかは必ずしも本質的な問題とは言えない。
講演としては、いささか中途半端な形であったとしても、それを聴いていた聴衆一人ひとりがどう感じたか。その目に見えない内なる化学作用が最も重要なのである。伊東先生の発する言葉、それらの背後にあるパトス、そこから何らか新たな知的刺激や問題意識を喚起されたとしたら、今回、伊東俊太郎という大御所にご登壇いただいた狙いは成就されたと言えよう。

終了後、参加した皆さんに話を聞くと、心配無用だった。伊東先生のお話とその独特の魅力を湛えたパーソナリティに一様に熱い知的好奇心、知的興奮を味わってもらえたようである。何よりの証拠として、会場販売用にご用意いただいた最新著『変容の時代』は20冊見事に完売してしまった。簡易製本ながら強気の価格設定はさすがに麗澤大学出版会ならではだが、そんな事前の懸念はまったくの杞憂であった。
懇親会でも、伊東先生の周りは『変容の時代』を手にサインを求める人たちが囲み、大変なモテモテ振りに先生もご満悦の様子で、これはスポークスマンとしても何より喜ばしい光景であった。
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