[レポート]第六回知謝塾 紺野登氏「Social Innovation2013」(2013/1/12)

第六回知謝塾
ワークショップ
2013年1月12日 
小金井市前原暫定集会施設1F A会議室

Social Innovation2013
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Keynote Speaker
経営学者・多摩大学大学院教授
紺野 登 氏

2013年スタートとなる第6回知謝塾は,知識創造経営の第一人者である経営学者・多摩大学大学院教授の紺野登さんをお迎えし,「ソーシャルイノベーション」をテーマにしたワークショップを開催しました.
冒頭,キーノートスピーチとして,紺野さんよりワールドワイドな動向や事例を織り交ぜながら,ソーシャルイノベーションに関する解説と問題提起をお話しいただき,続く参加者全員によるグループディスカッションではそれに基づき活発な議論が展開しました.
ここでは,グループディスカッションの模様は割愛させていただき,紺野さんによるキーノートスピーチをご紹介します.

ソーシャルイノベーションは最大のホットイシュー

今日のテーマはソーシャルイノベーション
これについては日立の皆さんが日ごろからよくお考えだと思うので、自分のほうからはまずグループディスカッションで語り合ってもらう二つのテーマ、「ソーシャルイノベーションとテクノロジー」と「ソーシャルイノベーションと日本企業」への問題提起としてお話ししたい。
昨今、ソーシャルイノベーションは世界的にも非常に注目度の高いホットなテーマだが、その中身は玉石混交で、まだまだ定まっていない。
 日立との関係を振り返ると、二〇〇七年デザイン本部の五十周年記念出版として「ソーシャルイノベーションデザイン」というコンセプトを打ち出した本を上梓し、恐らくそれがきっかけになって日立グループ全体としても「社会イノベーション事業」を言うようになってきた。自分もさまざまな形で参画する機会を頂いている。
世の中でソーシャルイノベーションと言う場合、大きく二つの意味で用いられることが多い。
一つはSocietal Innovation。社会全体の制度や組織、たとえば、都市、共同体、市民社会等の在り方、デザイン、企業であればワークスタイル、ビジネスモデルなど、何らかの社会的システムや制度の構造そのものを革新していくという考えで、例えば水の循環をトータルに全体最適化するWater Innovationなどが該当する。日立が提唱しているような社会インフラ全体のイノベーションはこちらに近い。しかしインフラを革新するにはその前提に全体のエコシステムとして社会デザインの思想が不可欠になってくる。
 Societal Innovationの代表的なケーススタディとして、オランダのアイブルグ都市計画を紹介したい。アムステルダムの東部、アイブルグ湖に七つの人工島をつくり、一万八千戸の住宅をつくるプロジェクトで、女王トップダウンで取り組んでおり、非常に注目されている。水位が上がらないように管理された水上に建てられた住宅と、人々をそこに住む気にさせたという点でも大きなイノベーションだ。オランダは水に関する多くのイノベーションが有名で、たとえばアルカディスという企業。元々オランダは有史以来、水害と戦ってきた歴史を持つが、この会社は、その中で蓄積された知識やノウハウをベースに世界各地の水害地域に対してコンサルティングを行っている。米国カトリーナハリケーンの際、単に堤防をつくるという技術的な対策ではなく、湿地帯を再生させるという斬新なソリューションを成功させ、一躍注目を集めた。

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もう一つは、Social Process Innovation。これはもっと具体的な課題、例えば地域や共同体で抱える課題や問題に対して住民や企業や様々なステークホルダーがオープンな場に参加してお互いの知恵を出し合い、課題が生じる社会プロセスを変えてイノベーションを起こしていくという取り組みだ。
こちらの事例はニューヨーク現代美術館のプロジェクトで、地球温暖化の結果として、水位が急速に上昇しロウアーマンハッタンが浸水した場合、どういう対策が可能かというテーマで建築家やデザイナーを集めて、住民や企業も交えて社会プロセスの革新に取り組んだ。現実に差し迫った問題ではなくても、将来にそうなる可能性のある仮定の下で社会プロセスをいかに変えていくかを考え、新たな市場や事業を生み出していく、こういう取り組を企業側がリードして始めている。他にもホームレス問題、大気汚染、洪水などをテーマに、必要に迫られて求められるイノベーションは何かといったこともやっている。
これに対して積極的に取り組んでいるのが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団で、彼等の目的は技術を用いて社会イノベーションを起こすことで、その中で彼等自身が触媒となろうとしている。Catalytic Philanthropyというコンセプトだ。
近年、革新技術を駆使して社会課題を解決するという動きが活発化している。例えば、テロリスト攻撃計画で活躍したドローン(無人航空機)技術が注目されており、僻地に医薬品を届けるといったアイデアをはじめ、何しろ軍事的に研究されてきた技術なので汎用性が高く応用範囲が広い。
ゲイツ財団のドメインは主に三つ。国際開発(農業開発・貧困撲滅)、国際ヘルスケア、合衆国プログラム。三つ目は米国経済の話。つまり世界の開発地域で市場が立ち上がる前に米国の革新技術を駆使してNPOのビジネスモデルで社会資本、社会インフラを確立、独占するのが狙い。単なる博愛主義ではなく、次の時代の産業を創ることをめざしたソーシャルイノベーション活動と言える。
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ソーシャルイノベーションを考える三つの視点

次にこれら活発化しているソーシャルイノベーションの視点について、「目的(Purpose)」「Long Now」そして「節約・プロトタイピング・創造性」というキーワードから考えたい。
リーマンショック後、米国の経営学者は大いに反省して、マイケル・E・ポーター、ゲイリー・ハメル等を含む三十五名のビジネスリーダーが集まって議論した結果を「マネジメントの二十五の課題」としてまとめた。
その第一の課題が「経営陣がより次元の高い目的を果たす」、Objectiveではなく、Purpose。つまりどんな意味を目指すのか。さらに「コミュニティ重視の姿勢や企業市民としての自覚」「マネジメントの哲学的土台を再構築する」などの課題が続く。
これらを受けてポーターが、従来のCSR(企業の社会的責任)に変わる概念として言い出したのがご存知の通りCSV(共通価値創造)。事業とは別に社会の為になる活動、チャリティや文化活動を行う時代は終わり、これからの企業は社会的価値を取りこんで、事業化したりビジネスに活用することで経営の質や効率を上げるという考え方で注目を集めた。ここには顧客やPurposeに関する視点が欠けていると批判されているが、大きな流れとしては「目的を問う」という傾向が強まってきている。
これとは別に「コンシャス・キャピタリズム」、意識の高い資本主義という事を、ホールフーズ・マーケット共同創業者兼共同CEOのジョン・マッキーなどが提唱しており、利益を追求するより、目的、Purposeを追求する事が企業本来の在り方だと云っている。株主利益より従業員やステークホルダーにとっての意味を重視する。日立そのものだ。
この場合、社会や環境に対する見方が重要だが、ここで注目すべきは「Long Now」というコンセプトだ。これはスチュアート・ブランドが提唱しているが、この人物は一九六〇年代カウンターカルチャーを導いた作家・ジャーナリスト。あの有名なスティーブ・ジョブスの「Stay hungry, stay foolish」は元々ブランドの言葉だ。
「Long Now」は近年彼が主張しているもの。考えてみれば、我々人間は実に多層的な現実を生きている存在だ。ビジネスは五年、十年スパンで考えるが、流行なら一年、企業の存続という意味なら百年、文化や文明、国民性はもっと長くて五百年以上だ。地球環境を考えれば一万年単位になる。現実に原子力技術はこのような遥かな未来にまで影響を及ぼす可能性がある。そういう事業をたった十年、三十年先の事しか考えない企業が手掛けて良いのかという問い質し。
ソーシャルイノベーションには「Long Now」、長く未来に影響を及ぼす今、そういう視点が欠かせない。日立は百年以上のスパンで考えられる企業であろうから、ソーシャルイノベーションを担うに相応しいということになる。
さらにソーシャルイノベーションに求められる視点として「節約・プロトタイピング・創造性」について一言。今、インドで流行しているジュガードイノベーション。ジュガードとはヒンドゥー語でCreativityだが、貧しい中、皆が創意工夫を尽くして、果敢に挑戦して、しかも愉しくイノベーションを起こすというコンセプト。決して大規模な技術や設備を必要とするのではなく、身近で具体的なところでトライするというのが、ソーシャルイノベーションでは重要という見方だ。


ソーシャルイノベーションを語り合うために
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さてこの後、議論してもらうテーマについて少し解説しておきたい。一つ目の「ソーシャルイノベーションとテクノロジー」。実に大きいテーマだが、その手掛かりとしてアリストテレスが我々人間の「知」についてどう教えたかを紹介しておく。
分類学の祖であるアリストテレスは人間の「知」を大きく三つに分けた。一つ目はエピステーメに代表される論理知。二つ目はテクネー。今のテクノロジーにつながる技術的な知。そして三つ目がフロネシス。賢慮とか実践知と訳されるもの。
エピステーメは人間の優れた特質であるが、実際に生きる上では役に立たないと断定している。今で言うロジカルシンキングがそれに当たるのだが、論証するだけで何も生み出さない。
次にテクネー。技術は役立つが、それ自体として目的を持たない。何のため、という意味づけを内在化し得ない。
最後のフロネシスが、複雑に変化し続ける現実世界の中で善悪や「(目的に対する)ふさわしさ」などを見分ける匠さであり、役に立つ智恵に当たる。
従来の経営学はこのフロネシスの領域をほとんど重視してこなかった。今はフロネシスがいかに元々目的を持たない技術に正しい、より善い目的を与えるか。あるいはフロネシスをロジックで検証するといったことに大事になってきている。いかにして技術を社会の為に用いるか、ソーシャルイノベーションにおいてフロネシスが重要な鍵となる。
以前、破壊的イノベーションという言葉が流行った。これは特定の業界において企業間の技術競争が激化していった結果、顧客が要求する以上にオーバースペックなものが生み出されるが、やがてはたとえロースペックなものでも顧客が求める価値を提供する商品が出て、市場そのものを変えてしまうという意味だ。今は、このような現象が社会全体で進行しつつある。
産業革命以降、これまで技術革新によって経済成長が生まれ、経済的にペイオフするという循環が回っていたが、これからは経済成長が望めない。その結果、いかに技術革新を実現しても経済的にペイオフしない時代を迎えた。必然的に若者が科学技術に関心を持たない。あるいはシリコンバレーで膨大に斬新なアイデアが続出するが、それらのアイデア同士が食い合って経済が停滞する。日本企業が技術開発するほど業績が悪化する。これまでと同じ技術に対する考え方ではやっていけなくなっている。ではいかに技術を考えるべきか。重要なテーマだ。
もう一つのテーマが「ソーシャルイノベーションと日本企業」。重なり合う部分も多いが、要はイノベーションに対する考え方が問われている。
従来は供給側のロジック、つまりモノづくり、研究開発、革新技術の普及といったプロセスで多くのイノベーションが生まれ、企業が顧客に価値を提供してきた。これが成立しなくなってきた。
これに対して、顧客が本当に求めるものを起点としてエコシステム全体をつくり変えるという需要側のロジックへと急速に変わっていくだろうと。多くのイノベーションに関する新たな概念が出てきているが、全部こちらのロジックに立つものだ。しかし、ほとんどすべての日本企業はこれに対応できず、立ちすくんでいるのが現状だろう。最近まで日本企業ではオープンイノベーションは不可能だと言われてきたが、最早それでは通用しない時代に入った。
ここでは、「社会の中に技術を置く」という発想が重要だが、日本企業の中ではどうしても技術をモノに変えるという発想から抜けられない。モノになると直ちに供給側のロジックが作動して従来通りの悪循環に陥る。モノを否定するのではないが、サービスやエコシステム全体を新たにデザインしてその中に技術、モノを置くという発想の転換が求められる。
こうした構想力も日本企業は苦手な分野と言われてきたが、果たして本当にそうなのか否か、これも非常に大事な論点だと思う。
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Profile

早稲田大学理工学部(現・理工学術院 創造理工学部建築学科卒業.株式会社博報堂マーケティング・ディレクターを経て,現在KIRO株式会社(旧株式会社コラム)代表,多摩大学大学院教授(知識経営論).博士(経営情報学).多摩大学・知識リーダーシップ総合研究所(IKLS: Institute of Knowledge Leadership Studies)・所長(2008-2010)の後現在同教授.京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授.同志社大学ITEC(技術・企業・国際競争力研究センター )客員フェロー,東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー.
著書は,『知識資産の経営』『ナレッジマネジメント入門』『創造経営の戦略』『知識デザイン企業ART COMPANY』『ビジネスのためのデザイン思考』儲かるオフィス』幸せな小国オランダの智慧-災害にも負けないイノベーション社会』など多数.野中郁次郎氏との共著に『知識経営のすすめ』『知識創造の方法論』『美徳の経営』『知識創造経営のプリンシプルー賢慮資本主義の実践論』など.

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