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【運営事務局ぼやき】アンダーグラウンド宣言2013!!


今回、知謝塾として池袋コミュニティ・カレッジとのコラボレーションという形で図らずもメジャーデビューすることとなった。

元は言えば、武田さんを囲んでの少人数の飲み会にすぎなかった。やがて、どうせやるなら、ということで声を掛ける範囲を広げて私塾という体裁にしてみた。それが知謝塾のスタートである。
何らか明確な目的や意義づけがあったわけではない。なくてもいい、というのが武田さんの意向であり、あくまでも有志の懇親、交流、相互創発といったところがアバウトな趣旨であった。

もっと率直に言うならば、武田さんという稀有のオープンマインドを持つ磊落なパーソナリティに、自分が仕事上で知り合うさまざまなタイプのオピニオンリーダーを引き合わせることで発生する化学反応。それを一人でも多くの人達とシェアしよう、というのが運営を受け持つ私のモチベーションであった。

サロン風集まりなどと言えば、聞こえはいいが、実態は現役とOBが気兼ねなく一堂に会することができる、ちょっと大人数の飲み会だと言えなくもない。
とは言え、つくろうと思えば簡単にできる、そういう場、機会が極端に少ないのも、理解し難い事実であり、定期的にそんな飲み会の幹事をやってきた。1年半やって少しだけ億劫に感じられてきたところ、不思議な縁に導かれるまま、このような硬派な企画を世に問う運びとなったわけである。

ミーハーな企画ではない。つまり集客が約束されているような予定調和ではない。
むしろ、こちらが前のめりな波状攻撃的アクションを講じなければ、惨憺たる結果が見えるという、きわめてリスクの高い企画と言える。
池袋コミュニティ・カレッジのトップ、野上社長はそれでいいとおっしゃる。
目の前に歴然とあるリスクより、あえて現状を打破する可能性の方に一票を投じたいと、トップみずからおっしゃる。これは何とも粋な話ではないか。

知謝塾としては、そんな野上社長の、あえて難行道を選び進むという開拓者精神に共鳴し、最も純度の高い「知のマエストロ」たちにご協力を依頼した。
お一人お一人、単に有名人だ、大御所だという肩書き、権威ではない。これまでに武田さんなり自分なりが深くかかわり、その人格に特別な敬愛を抱く方々である。そして、同時に知謝塾の活動をほぼ無条件にご支持くださる黄金のサポーターの皆さんでもある。
有り難いことに、細かい条件は抜きに、二つ返事でご快諾いただいた。

肩書きや経歴、そして名誉・業績などすべてを振り払ったところで、この人々の「人間」を味わってほしい。それが、この企画を組んだ者の偽りなき本心である。

ただ、ただその本心を伝えるために、8月末から、FBページの「拡散」作戦を考え、進めてきた。
3週間あまり、関連するステークホルダー的人脈を一通りトレースした現時点で、膠着状態に陥っている。何かブレークスルーが欲しい。ここ数日、一人密かに悩んでいた(笑)。

そして、思い浮かべたのが、『アンダーグラウンド宣言』である。

だいぶ話が飛躍するようで恐縮だが、少しこの言葉の真意について記しておきたい。
またしても古い話になってしまうのだが、今から約30年前、そう1980年代前半。
自分がまだ中学から高校に入るくらいの時代である。その当時に「マーキームーン」という音楽雑誌があった。世間で言うプログレプログレッシブ・ロック)、あるいはユーロピアン・ロックという形容矛盾のようなジャンルの音楽を紹介する媒体で、今、少し検索してくらいではまったくヒットしないのだから、やはり相当にマニアックな、きわめて限定的な好事家の間だけの狭いコミュニティに閉じた存在だったのであろう。
しかし、同人誌とかミニコミと呼ぶには上質な出来栄えであったのも確かで、これはやっていた人間の育ち故である。

そのマーキームーン(ほぼなくしてマーキーと改名)が、突如、『アンダーグラウンド宣言』と称して、「オレたちはもうメジャーになろうとはしない、マイナーなままでいい。アングラのままでいい。それでも好きな音楽だけを取り扱うことにする。それが嫌な人は読まなくていい。この考えを肯定する人だけが読んでくれればいい」という意味合いのメッセージを発したのである。
かなり思い詰めた感じの巻頭見開きを使った「宣言」だった。

私は、それが1983年の第14号だったということまで明確に記憶している。
それほどまでに当時、中学生だった自分にとって、このメッセージは鮮烈なインパクトを与えた。
いたいけな子供であった自分は、この宣言に心の底から共感、共鳴して、いや感動してここまで言ってのける編集スタッフを等身大の人間として全面的に支持、信頼したのである。

その後、大学に入って自分はこの雑誌の編集スタッフ一人一人を少なからず知ることができたが、中心人物が『アンダーグラウンド宣言』というメッセージに込めた思いは、私の想定からブレはなかった。

なおこの雑誌媒体は今でも続いているらしい。扱っている音楽ジャンルは往年とは隔絶しており、まったくの別物なのだが、元を糺せば、某私立大学のサークル誌である。それが30年以上も続いているというのは、やはり驚異である。その原点は恐らく30年前の『アンダーグラウンド宣言』がある。私はそう思う。

知謝塾も是非、これで行きたい。

そんなことを今さら思って、マーキームーンの14号を探したが、さすがに見つからなかった。実家の書棚にあるかもしれない。だから残念ながら、ここでは正確な文言は再現できない。

イタリアルネサンスの裸婦やラファエル前派の絵画を表紙にした実にぺダンディックな雑誌であった。
書棚から久しぶりに手に取ることができたのは少し後の17号だ。高校1年生のとき、確か前橋市内で購入した。懐かしい。文字どおり最初から最後までむさぼり読んだ記憶が鮮明に浮かび上がる。

ちなみにこの17号には廣池さんご自身、最高傑作とおっしゃるKatra TuranaのThe Endのレビューが載っていて、つくづく知謝塾と特別な縁を感じさせる。(これ以前は、もっとKatra Turanaが全面フューチャーされていたが)

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