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運営事務局通信(3)始まりはやっぱり共鳴でした。

池袋コミュニティ・カレッジを運営するセブンカルチャーネットワーク社の野上秀子社長に、武田塾長と一緒にお会いするのは、一昨日が三回目でした。

元はと言えば、日立グループOB向けのフリーマガジンDNA1910の取材で野上社長にインタビューしたのが最初のきっかけで、そのときのインタビューは初対面にもかかわらずたいそう盛り上がりました。
図に乗って「知謝塾」のことを披瀝すると、早速、野上社長から何らかコラボしようというお話を頂きました。

そう云えば、席上、武田塾長の受け売りで、「これからの時代は、マイノリティーのものがメジャーをめざすのではなく、マイノリティーのまま輝くのではないか」と言うと、たいそうビビッドな反応を示してくれました。
今にして思えば、それが何か運命的なコラボへのサインだったのかもしれません。

このマイノリティー論は、いつも武田塾長から聞かされていた持論でした。
マイノリティーというものは、普通、一日も早く世の中のマジョリティーに認められ、受け容れられ、メジャーとなろうとする、なりたがるものですが、実はそうではなくて、マイノリティーだからこそ、創造的であり革新的であり得る。魅力的で輝くことができる。だからメジャーになった途端、本当の持ち味を失ってしまう。結論として、メジャーになってはいけない。マイノリティーのままでいい。売れる売れないは別問題、少なくとも心はマイノリティーのままで行け。おおよそそんな意味合いかと思います。
少し負け惜しみっぽくもあり、やせ我慢の勧めでもあるような、このことは、アートやカルチャーの分野では昔からずっと言われてきました。特にクリエイティブな仕事に共通する本質的な道理だと思いますが、どうやら今ではお金儲けがすべてに優先する資本主義、商業主義の世界でもそのようになってきているようです。つまり、売ろうとすればするほど売れなくなり、売ろうとしないものが売れるというパラドックス。量の論理、n倍化のビジネスモデルが成り立たなくなってきている。少なくともこれから新たに商売を始めるうえでは、そういう心得や仕掛けが必要になってきているということだと思います。

野上社長とは、初対面からこんな話題で大いに意気投合させてもらったので、すぐにでも武田塾長に引き合わせたくなりました。お二人は必ず共感、共鳴されるはずだと。

聞けば、野上社長はかつて1980年代、一世を風靡した西武セゾンの、しかも文化事業部門のプロパーであり、総帥・堤清二さん直系とも言うべき系譜に堂々つらなる正統継承者のお一人とのこと。
辻井喬さんすなわち堤清二さんを戦後を代表する文化人として、作家として、そして経営者としてもずっと敬愛してきた一ファンとして特別な思いがこみ上げてきました。
武田塾長も、堤さんと同じ名門・西校の自由闊達な校風でミドルティーンを送った人で、ここでも不思議なご縁がつながりました。

ほどなくして武田塾長をお連れして、池袋コミュニティ・カレッジに野上社長をお訪ねし、お二人のご対面が実現しました。幸い武田塾長は、東京電機大の鳩山キャンパスでの講義のため、数年前から池袋駅を多用されていました。

その後の成り行きはご紹介するまでもないでしょう。
ものの5分とお話しするまでもなく、お二人の間で今回の公開講座がとんとん拍子で決まったのです。

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